巡陽紀3『彩られた太初の悪魔の話』
2025/04/07 23:23
2025/04/08 12:54

薔薇色の国の城で、豊穣の女神とたたえられたクリスティーナは、それまでと打って変わって素晴らしい自由と青春を楽しみました。
彼女が欲しいと言ったものは、王様やその手下達がなんでも持ってきてくれました。金銀にきらめく宝石も、頬が落ちてしまうほどの絶品の料理も、温かく美しいお屋敷も。
彼女が欲しいと望んだものは、なんでも手に入りました。素晴らしい絵画や彫刻も、深遠な知恵がしたためられた書物も、そして、あらゆる人の心さえも。
クリスティーナは、閉じ込められていた家から自分を救い出してくれた、あの血と炎とで美しく彩られた景色の中で出会った、若き将軍ベネディクトと恋をしました。
世界で最も美しい女神が微笑むと、ベネディクトはたちまちに跪き、彼女に口づけをしました。二人は世界で最も美しい愛に溺れていきました。
しかし、ベネディクトには妻がありました。若く優秀な将軍の妻となったのは、時の王様の美しいお姫さまでした。
ベネディクトは妻のことも忘れて、クリスティーナとの恋に夢中になっていました。ですから、姫を軽んじられたと言って、王様は怒りを抱きました。
王様はベネディクトに、クリスティーナとの恋をやめるように言いました。そのことがきっかけで、女神と王は互いに憎み合う仲となってしまったのです。
ある時クリスティーナは、自分と恋人を引き裂こうとする王の行いに、とうとう耐えられなくなりました。
彼女は自分こそが国に豊穣をもたらした神であり、王となるにもふさわしい者だと名乗りを上げて、王様からその冠を奪おうとしたのです。
王様もとうとう穏やかではいられなくなりました。その時から、二人の間で激しく醜い争いが起こりました。
国を二分する戦争が起こったのを見て、ベネディクトは嘆き悲しみ、深く悔やみました。「自分が、クリスティーナと恋をしてしまったことが、全ての過ちの始まりだった……」と。
ベネディクトはその罪の念に耐えきれず、ある日突然、自ら姿を消してしまいました。
突然恋人がいなくなってしまって、クリスティーナはとても驚き、取り乱しました。
自分は恋人に捨てられたのだと深く悲しみ、そしてその悔しさのあまりに全てのものへ憎悪を向けてしまったのです。
これが“太初の悪魔”の誕生となりました。世界で初めて生まれた悪魔は、神様だったのです……。
悪魔となったクリスティーナは世界の全てを憎み、国中の家を、草木を、そして人の命を蹂躙していきました。その時すでに、彼女にとっては王冠さえも無価値なものでした。
そしてクリスティーナは、かつて自分を愛して死んだ男、クリストファーを神の力によって蘇らせ、自らのしもべとしました。
世界と国の全てを憎むクリスティーナとクリストファーによってもたらされた戦災のなか、豊かに美しく栄えた国はたちまちに滅亡の道を辿っていったのです。
神の力によって多くの人の体が切り裂かれました。そこから流れ出た血によって、大地はまるで薔薇の海のように赤く染まったと言います。
この色鮮やかでむごたらしい時代を、後世の私達は「薔薇色の時代」と呼んでいるのです。