巡陽紀4『天と地と時の針の誕生の話』
2025/05/10 01:43
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悪魔クリスティーナによって豊穣の国はまたたく間に滅んでいきました。
王様は殺され、お城から逃げ出した王族達は身を隠しましたが、クリスティーナはそれを探し出して追い詰めました。
王様の姫……そう、ベネディクトの妻である女性を見つけた時、クリスティーナはその憎い恋敵を殺そうとして武器を振り上げました。しかしその時、姫は涙ながらに彼女に訴えたのです。
「私の命はどうなっても構いません。ですが、この罪のない子どもだけは助けてください」と。
クリスティーナは振り上げた武器を、ためらいなく振るいました。姫はたちまちに薔薇色の海に沈みましたが、そこにはひとりの赤子が残されました。
その子どもの愛くるしく、あまりにけがれのない姿を見た時、クリスティーナの心はたちまちに変わってしまいました。自分は、なんという罪深いことをしてしまったのだろうと、我に返ったのです。
すでに殺戮の限りを尽くした後に、クリスティーナは心を入れ替え、罪を悔やみ、これ以上自分が地上にいるわけにはいかない……と、そう思って、天上へと姿を隠したのです。
空の上に大地を浮かべて創り出した天界に住み、クリスティーナは空から地上を見守るようになりました。
憎しみによって沈んでいった命を、彼女自身がすくい取ることはできない。しかしせめて、同じ地上からまた生命の息吹が芽生えるようにと、自然を育み豊穣を与えました。
再び女神の使命を取り戻したクリスティーナの加護によって、地上は長い時間をかけて豊かさを取り戻していくことになります。
この時、クリスティーナのもとには三人の仲間がいました。
ひとりは、ベネディクトとクリスティーナの間に生まれた息子、ルスラン。彼は母が犯した殺戮の罪を知り、ともにそれを被り、闇の神となりました。
もうひとりは、ベネディクトの妻が遺していった彼らの娘、バイオレッタ。彼女は悪魔を鎮めた願いの力を継ぎ、光の女神となりました。
三人目は、クリスティーナが命を蘇らせた男、クリストファー。彼は心を入れ替えたクリスティーナの意志に従い、しかし彼女が犯した罪を忘れてしまわないように、罪の神となりました。
クリスティーナは、自らを“命の女神”とし、“神々の王”と名乗り、続いて他の神々を創造しました。
人々がお互いを慈しみ、敬い合うようにと、愛の女神ヴィオレーヌを創りました。
人々が美しいものを作り、そのために善なる知恵を得られるように、美の神カスパルを創りました。
人々がより豊かで幸福でいたいと望むように、欲望の神フランセスクを創りました。
人々が神と正義と善意とに従って正しく生きるように、秩序の女神セラフィーナを創りました。
神々がそれぞれの使命をとどこおりなく果たせるように、その仕事を支えるために天使と呼ばれる者達を創りました。
やがて闇の神ルスランと、光の女神バイオレッタは互いに惹かれ合い、愛し合い、夫婦となってその間に命を育みました。
ふたりの間に生まれた一人目の息子クロヴィスは、世界の時の針を正しく刻むために、時の神となりました。
二人目の息子レオカディスは、しかし使命を持たず、神とはなりませんでした。
そうして天界にも多くの命が生まれ、世界の時は初めて正しく動き出したのです。
この天の神々によって創られた秩序と、地上に芽吹いた豊かな自然の中で、人々が穏やかに繁栄していった時を、後世の私達は「金色の時代」と呼んでいます。
しかしこの時すでに、地上には次なる災厄の芽もまた生まれ始めていました。
自らの罪に耐えられず姿を消したベネディクトは、その罪責から逃れられないままでいました。彼が愛した国と民とを蹂躙しながら、それでも女神であり続けたクリスティーナを許せないままでいました。
その深い悲哀と憎悪に蝕まれ、今度は彼が、悪魔の力を宿してしまうのです。