ストーリー
クジラの夢

語り継ぐ者NEW

2024/11/25 11:01

2024/11/26 13:33


 こんにちは、旅人さん。
 始めまして、私は“語り継ぐ者”、“讃嘆する者”、“記し留める者”。
 あなたがなぜここにやってきたのか、私は知ることはありません。しかし、今ここで私とあなたは言葉を交わし、そして分かち合うことができるでしょう。

 これから私が語る言葉は、『この世界の始まりの話』。
 無限に過ぎ去った時の、始まりの無い混沌の中で、神様は私達にこの果実を与えました。
 さあ、今ここで、私とあなたとで神様の果実を分け合いましょう。
 今、あなたは確かにこの世界について語る言葉を持ち、その目で私達の姿を見ることを(あた)う存在として生まれたのです。さあ、その誕生の時に心からの祝福を!



 私はただ透明に語り継ぐ者、名前などありません。
 しかし名前がないと、あなた方にとっては何かと不便であることも理解しています。
 私はここで神様に、オフェリアという名を名乗ることを許されています。その名でお知りおきください。

 この世界が始まった時、神様は世界が美しく、豊かで、喜びが満ちるようにと願われました。
 その大地に生まれた多くの命も皆、そうです。みながみな、美しく、豊かで、喜びに満ちる生を望みました。
 その結果、命達はそれぞれの願いのために“欲望”を育み、時には他者の血を浴びることさえ厭わない者となってしまったのです。

 神様の御心と同じ願いを持って生まれた彼らは、果たして神様のまどかなる(しもべ)なのでしょうか?
 それとも、互いに食い違う欲望を持ってしまった彼らは、神様の御心から逸脱する放蕩の(ともがら)だったでしょうか?
 彼らの持つ意志は自由だったでしょうか? それとも、それさえも全て神が望まれたことだったでしょうか?

 真実を知る者はありません。
 いいえ、真実などというものはないのです。それはこれから、未だ来たらざる時の中で、他でもないあなたが紡いでいかなければならない答えなのですから。

 しかしかつて、その不明瞭な意志の元で、確かに時は紡がれてきました。
 その中で、神を憎む者、魔なる者は“悪魔”と呼ばれ、彼らはその名を得ることによってまさに(●●●●●●●●●●●●●●●)、憎悪の刃を他の者へと向けたのです。

 長い、長い戦いが繰り返されました。あるいはその戦いは未だに続いているのかもしれません。あるいは、これから起こるのかもしれません。
 そのたびに彼らは世界を脅かし、命を喰らいました。そして神を殺してこの世に永遠の(とばり)を下ろすことを、望み続けました。

 その黒き望みに抗い続けたのは、あるいは聖なる意志を持つ者だったでしょうか。あるいはただ美しく、豊かで、喜びに満ちた命を望む、幼気(いたいけ)な渇望の持ち主だったのでしょうか。
 あるいは、黒き望みに応じたのは、また別の黒き望みでしかなかったのでしょうか。

 いくたびも悪魔に脅かされた世界は、しかしそのたび立ち上がった者達が流した血によって清められました。その歴史は神様の祝福を受け続けました。
 そしてここにある今は、美しく、豊かで、喜びに満ちたものでしょうか?
 あるいはこれからの時も永劫に、その美徳は語り継がれていくでしょうか?
 あるいは世界は既に滅び、今私達が見ているものはまぼろしの残滓に過ぎないのでしょうか?
 さあ、あなたの胸に手を当てて、尋ねてみてください。

 あなたはこの物語を、聴衆のひとりとして傍観することを許されません。
 あなたはその足でこの大地を踏み、その目でこの景色を見届け、その耳で私達の言葉を聞き、その手でこの物語の結末を結ばねばなりません。

 あなたのその旅が美しく、豊かで、喜びに満ちたものでありますように。
 時に痛みを知ったとしても、その悲しみはもっと大きな慈しみに包まれますように。
 そして確かに、揺らぐことのない本当の光と命を、その言葉で紡ぐ者となられますように。

 この海の中から、ひとりの同胞として、私はあなたの幸福を切に願っています。